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1846〜1866
徳川慶福改め家茂。徳川14代将軍。紀州藩主徳川斉順の長男として生まれ、4歳で紀州藩主となります。一橋慶喜(後の徳川慶喜)とともに将軍世継ぎ候補となり、井伊直弼を中心とする南紀派の運動によって、13歳で将軍職に就きます。その時、慶福から家茂に改名しています。大老になった井伊直弼が桜田門外で暗殺されると、幕府の姿勢が慶喜、松平慶永(春嶽)の主導によって、佐幕から公武合体へと変わります。天皇の妹和宮と結婚し、朝廷の攘夷実施の求めにより、歴史的な上洛を敢行しました。第2次長州征討のとき、内政外交が混迷する中、幕府軍総司令官として出陣します。内政外交が混迷する中で、病に倒れ、大坂城で21歳の短い生涯を閉じました。
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